「いったいどういうことなんだよ、達也! 分かるように説明しな!」
放課後。
ひっそりと静まり返った校舎内に、およそ女子生徒とは思えない怒声が響き渡った。
達也、と呼ばれた男子生徒は両手をあげ、必死に無実・無抵抗をアピールしている。
「だからー、さっきも言ったじゃないか。あっちゃんに話があるんだって。僕があっちゃんとイトコだって言ったら、くっついて来ちゃったんだよ」
喜多川菖蒲(アヤメ)と阪東達也。
二人は同じ高校に通う、いとこ同士である
小さい頃からお互いの家を行き来しているので、相手の気性は充分に理解している。
「断れよ! よりによって、『桜井知宏』なんて、あたしが喜ぶとでも思ってんのかよ?」
「そんな断れるわけないじゃないか! 僕が殺されちゃうよ、桜井君に」
いかにも軟弱そうなお坊ちゃま気質の達也は、必死にアヤメに訴えた。
しかし、それをアヤメは、いともたやすく一蹴。
「桜井の前に、あたしがお前の首締める心配しな!」
「正直、桜井君の趣味って疑っちゃうよね。こんな手のつけられない野蛮女に、興味示すんだからさ」
達也はいつだって一言も二言も多いのだ。その口の軽さが災いを引き起こすということを、本人はまったく自覚していないようだ。
「あっちゃん、顔はそこそこ綺麗なのにさぁ。まあ、ある意味お似合いなのかもしれないけど」
桜井知宏。
泣く子も黙る、この高校きっての『インテリやくざ』である。百九十センチはあろうかという迫力ある図体に、エキゾチックな顔立ち。祖父がフランス人だというから、クォーターということになる。誰もが認める、超・男前である。
しかも成績優秀で、ひと桁以外の順位はいまだかつてとったことがない。全国模試においても、である。
あまりの超人っぷりに、同級生はもちろん、上級生までもが「桜井さん」と呼ぶ始末。下級生に至っては「桜井様」だ。
ケンカもめっぽう強く、落ちこぼれ連中から絶大な信頼を得ている。すべて桜井の舎弟となり、桜井の命令は忠実に守る。そのため、先生たちも桜井のご機嫌伺いをしているほど。
「さっきから……どうしてお前たちは、人の目の前で、平気で悪口が言えるんだ?」
「さっ、桜井君! いつからそこに!?」
教室の外で待っているはずの当の本人が、いつの間にか、腕組みしながら教室の後ろの壁にもたれ掛かっている。
「『よりによって、桜井知宏なんて、あたしが喜ぶとでも思ってんのかよ』くらいから、かな」
ゆっくりと、桜井はアヤメに近づいてくる。
一歩。また一歩。
長身の迫力に押され、アヤメは思わず一歩だけ、後退った。達也はというと、アヤメを盾にして後ろに隠れている。
なおも桜井は、一歩。
「俺にそんな口の聞き方するの、お前だけなんだよな……まあそれはいいとして」
ごくりと、誰かが唾を飲み込む音がした。
桜井はアヤメを真正面にとらえ、しっかりと見つめた。
「中学の頃からずっとあこがれてたんだ。ずっと手の届かない遠くの人だって思っていたけど、こいつがイトコだって言うから。なあ、お前の家に挨拶に行きたいんだけど」
真剣なまなざしだ。
アヤメの心はぐらりと揺れた。このキツイ性格が災いして、今まで告白なんてされたことはない。初めてだ。しかも、あの桜井から、である。
そして、続く桜井の言葉。
「本当に俺の理想の人なんだ、お前の兄貴」
アヤメと背後の達也は目が点になった。
「お兄ちゃん? 私じゃなくて?」
桜井は憮然と言い切った。
「言っておくけど、別に変な意味じゃないからな」
「んなこと、わかっとるわーっ!」
アヤメの三段回し蹴りが、なぜか達也の背中にヒットした。そして背後をとり、羽交い絞めにする。
「あっちゃん、く、悔しいのは解るけど」
「わかっとらんわーっ!」
一瞬でも桜井にときめいてしまった気持ちを、アヤメはかき消すのに必死だった。
桜井はそんな二人のやり取りを眺め、誰にも知られぬよう、謎の微笑を見せた。
(了)
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