喜多川家のダイニング。
テーブルに、突っ伏して寝ている横顔を覗き込みながら、達也はため息を吐いた。
「ほんっと可愛いよねぇ、キョウちゃんって」
「ふーん」
アヤメはジャガイモの皮をむくのに夢中だ。制服の上にそのままエプロンを着け、かごに山積みのイモの塊に手を伸ばす。
「イトコじゃなかったら、僕、絶対キョウちゃんのことお嫁さんにするんだけどなぁ」
「へえー」
「ちょっとあっちゃん、僕の話聞いてる?」
アヤメは同い年のイトコの顔をにらみつけ、イモにナイフを突き立てた。
「なんだよ、うぜーやつだないつもいつも! あたしは桔梗の顔なんか見飽きてるに決まってるだろ」
「この天使のような寝顔……まさに僕の理想の結晶だよ。どうして僕たちは同じ家系に生まれてしまったんだろうね……」
達也は、桔梗の寝ている向かい側の席に着き、頬杖をつきながら、じーっとその『理想の結晶』を眺めている。
いくらイトコ同士とはいえ、気味の悪い光景だ。
このイトコ・阪東達也は、同じ市内に住んでいる。
一人っ子の達也は、幼い頃からしょっちゅう喜多川家に出入りしていた。
特にアヤメとは歳も一緒、高校も一緒なので、一緒にいる時間が不必要に長いのである。
「ていうか、いつまでいるわけ? 今日、お兄ちゃん出張先からまっすぐ帰るって言ってたから、夕飯の支度とか忙しいんだよ。達也の相手してる暇なんてないんだ、とっとと帰りな」
アヤメが直球勝負で厄介払いをしようとしても、達也にはすでに免疫がついてしまっている。
「ふうん……椿さんって、どこ出張行ってるの?」
喜多川椿。アヤメたちの面倒を見ながら商社勤めをしている、喜多川家の長兄である。
「大阪。みやげなんか期待しても無駄だよ。最近みょーに機嫌が悪いんだ。ありゃ絶対女が絡んでるね」
人の不幸は蜜の味。アヤメは薄っすら笑いながら、ジャガイモの芽を、ひとつひとつ丁寧にくりぬいていく。
「椿さんほどの男が彼女作らないってのさ、やっぱりさ、家族にキョウちゃんみたいな天使がいるから、どうしても理想が高くなっちゃうんだよ。だからって、近親相姦なんて僕、絶対認めないからね!?」
達也はやたらと必死だ。そりゃもう、ありえないくらいに。
そこまで必死になる理由が、まるで分からない。
「当たり前だよ! あたしがもっと認めねーよっ! 女のあたしを差し置いて、『兄』と『弟』が近親相姦だなんて、そんなの認められてたまるかーっ!」
アヤメの反応に、達也は驚いたようだ。目をしばたかせ、こらえきれずに吹き出した。
「あ、やっぱり悔しいんだ、あっちゃん」
「べ、別に悔しくないさ」
「あっちゃんだとさ、絵的に怖いんだよねぇ。椿さんとだともう男同士にしか見えないし、キョウちゃんとだと女王様と奴隷にしか見えないもん。そんなのマニアックすぎるよ!」
言い終わらないうちに、ジャガイモの皮が達也を襲った。
「あ、あっちゃん! なにするんだよう……」
「こっちじゃないだけ、ありがたく思いな! てめえはホント、乙女心っていうもんが分かってねーんだよ!」
アヤメは剥き上がったイモの塊を、手のひらの上で転がしていた。
理想の天使は、目の前で行われている悪夢のようなやり取りに、ただひたすら、たぬき寝入りを決め込んでいた……。
(了)
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