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05 水曜日の夜  喜多川家の陰謀
 喜多川家では、週一度、家族が揃って夕食を食べることになっている。
 両親はすでに他界。兄妹弟三人暮らしだ。
 長兄・椿は商社マンだ。毎日残業で、帰宅時間は不定。
 しかし、ある曜日を除いて。それが今日である。

 そう、魔の水曜日だ。

 喜多川菖蒲は自分の目を疑ってしまった。
 ありえない人物が、ダイニングテーブルで鍋を囲んでいる。
「お前……、人ん家でなに晩飯食ってんだよ!」
 春菊と椎茸を、肉と豆腐の間に無理やり押し込みながら、長兄・椿は言う。
「ただいまくらい、言ったらどうなんだ菖蒲」
「あっこんばんはー。うわ、喜多川主任の妹さんって、ウワサどおりの美少女ですねぇ。あ、僕ですね」
「知ってるよ、お兄ちゃんのシモベの森本でしょ」
「ごめんね、押しかけちゃって。うちの会社、水曜日は『ノー残業デー』じゃない? 今日はすき焼きだからって、主任が誘ってくれたんだ。で、お言葉に甘えて、ついてきちゃったってわけ」
「あんたはまだいいけど、その隣! どうしてお前たちまですき焼き食ってんだよ!」
 シモベの森本の隣に座って、肉に食らいついているのは、喜多川兄弟にとってイトコに当たる人物、阪東達也である。
 菖蒲とは歳も高校も一緒。軟弱で軽薄で根性なし、明るさだけがとりえのお気楽少年だ。
「椿さんが食べていけって言うからー。そんな怒んないでよ、あっちゃん。せっかくの美味しい米沢牛がまずくなっちゃうよ」
「うるさいよ! 百歩どころか千歩譲って達也もいいとして、……何で、何で、何で桜井がうちでメシ食ってんだよっ!?」
 ありえない。

 桜井は菖蒲や達也と同じ高校の同期、つまり高二である。
 それなのに百九十センチを越す威圧的な長身、フランス人の血が混じったエキゾチックな顔立ち、素行は悪いくせに成績は超優秀、近隣高校の落ちこぼれをすべて舎弟とし、好き勝手している『インテリやくざ』なのだ。
 その桜井が、どうして、うちで家族と鍋を囲んでる?

「何でって、腹が減ったからだ」
 まるで理由になっていない。
「なら今すぐ帰って、自分ちで食いな!」
 菖蒲が桜井を睨みつけ、啖呵をきった。
 すると桜井は春菊を食べていた手を止め、箸をテーブルに叩き付けるようにして置いた。
 一同、水を打ったように静まり返る。
「なあ、俺のどこが気に入らないんだ? アヤメ」
「呼び捨てにすんじゃ、ねえっ」
「じゃあなんて呼んで欲しいんだ? 『喜多川さん』は俺にとっては椿さんだけだ。阪東のように『あっちゃん』でも俺はかまわないが、お前がイヤだろう。アヤメさんか? アヤメちゃんか? 学校で呼ばれてもいいなら、そうしてやるけど」
 桜井のセリフに、菖蒲はしばし考える。
 上級生にですら『桜井さん』などと呼ばれているこいつに、サンとかチャンとか付けられて呼ばれた日には、……舎弟たちに何されるか分かったものではない。
「………………アヤメでいい」
 桜井に丸め込まれてしまった。くやしい。

 その場に立ち尽くしたままの菖蒲に、椿は冷たく言い放つ。
「菖蒲、お前食べるのか食べないのはっきりしろ」
 空いているのは、桜井の隣の席。
 しかもよく見りゃ、勉強机用の椅子である。
 四人掛けのダイニングテーブルに、六人がひしめき合う……考えただけで暑苦しい。
 それでも、米沢牛である。芸術的に「さし」の入った、そのルビー色の高級肉を目の前に、菖蒲は……負けてしまった。
 それにしても、何であの桜井と肩を並べて、スキヤキ食わなきゃならんのだ……。

「ちょっと桜井」
「なんだよアヤメ」
 こいつに名前を呼ばれるのはどうも落ち着かない。しかも桜井は座っててもデカイ。上から威圧的に見下ろされる。
「あんた……さっきから、しいたけ食いすぎなんだよ!」
 確かに、皆競って肉をつついている中で、桜井はしいたけと白菜ばかり食べている。
「アヤメもしいたけ、好きなのか?」
「え? ああ……まあ、な」
 すると桜井は、自分がよそったばかりのしいたけを、菖蒲の器に入れた。
「食えよ、それで最後だ」
「お前のタマゴに浸かってたやつだろ!? それにっ、箸!」
 菖蒲の取り乱し方は尋常ではない。それを見て、兄の椿は軽く鼻であしらう。
「なに赤くなってるんだ菖蒲。さてはお前、こいつに惚れてるな?」
「惚れてねえよっ! バカ椿っ!」
「バカ……? ハハハ、バカ……か。…………それが、実の兄に向かって言うセリフかあああっ!?」
 鍋をひっくり返さんばかりの勢いである。
 あわてて達也が鍋を、森本が肉の皿を、桔梗が野菜の皿を、それぞれ守りに入る。
「つ、椿さんもあっちゃんも落ち着いてー。キョウちゃんの前でケンカなんかしないでよ」
 その達也のひと言で、椿の態度はコロリ一変。すぐさま桔梗の頭をなでなでする。
「そうだったな。ごめんなキョウ、お兄ちゃんが悪かったよ」
「謝る相手が違うだろ!」
 毎日、この繰り返しなのである。

「そういえば、桜井君、椿さんにあこがれてたって言ってたよね」
 イトコの達也がそう言うと、椿は明らかに不自然な咳払いをした。
「ああ森本、冷蔵庫に桜井君が持ってきてくれたメロンがあるから、分けておいてくれ。キョウもお手伝いしてあげて」
「メロン!? ご丁寧に手土産持参かよ。まさかあんたの舎弟に用意させたんじゃないだろうな?」
 菖蒲の指摘にも特に反応せず、桜井は黙々と白菜を食べている。
 どうやら図星らしい。
 いっぽう森本は、子供のように嬉々としている。
「この季節のメロンって、さぞかし高いんでしょう? そりゃスゴイなぁ、よし、じゃ桔梗君! 台所に行こうか」

 森本が桔梗を連れて居間から出て行く。
 鍋の周りに残されたのは、椿、菖蒲、イトコの達也、インテリやくざの桜井、四人だ。
 ドアが閉められるのを確認し、菖蒲は呆れたようにため息を吐いた。
「桔梗には内緒なんだ、お兄ちゃんの『過去』。いい兄ブリッコすんじゃねえっつうの」
「お前と違ってキョウは繊細なんだ。それにもう昔の話だ」
 椿がため息を吐いた。
 ただ達也が、話についていっていない様子。
「え? いったい、何の話? 椿さんと桜井君って、どういう関係があるの?」
「うそ、あんた知らなかったの? お兄ちゃんも昔、このあたりの落ちこぼれを手なずけてたんだよね。……桜井がお兄ちゃんにあこがれるって言ったら、そういうことなんでしょ。喜多川椿は、元祖『インテリやくざ』だもん」
 菖蒲が面倒くさそうに説明すると、達也はへえ、と感心している。

 椿は、桜井に向かって話しだす。
「そうだ、俺はこいつと違って、頭の出来がいい」
「もちろん知ってます。喜多川さん」
「ほんとにいいのか? 俺が言うのもなんだが、大変だぞ?」
 椿のセリフに、桜井は苦笑いをしてみせる。
「さすが。お見通しでしたか」
「ははは、やっぱりメロンは基本だろ」
 ……なんだ、この胡散臭いほどの和やかな雰囲気……。
 基本はメロン?

「は? 全然話が見えないんだけど」
「あっちゃん、にぶいなー。僕にだって分かるのに。桜井君はあっちゃんのこと気に入ったから、椿さんにあいさつがてら、メロン持ってきたってことでしょ?」
「ホント達也は、直球男だな……。まあ、そういうことだ。桜井君ほどの男なら、菖蒲の相手もつとまるだろ」
「え? え? えええっ?」
 菖蒲は完全に取り乱していた。
 桜井が?
 メロンを持って?
 お兄ちゃんに挨拶?
 気に入った? 桜井が? 私のことを?

 あの、桜井が? う、嘘……?


 そこへ森本と桔梗が、トレイに六人分のメロンを載せて登場。
「さあ、みんな! 最高級の木箱入りマスクメロンだよー」
 みんなこぞって手を伸ばす中、菖蒲は一人、呆然としていた。

 熟れて舌の上でとろけるであろう、エメラルドグリーンのかたまりを、菖蒲はひたすら見つめ続けていた。

 やはり、魔の水曜日である……。





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