朝、生徒昇降口で。
菖蒲は声も出せないほど、驚いていた。
自分の下駄箱のフタを開けたら、何とそこには……。
ラブレター? いやいや。
カミソリつきの脅迫状? ちゃうちゃう。
というか、上履きが盗まれていた? 違ぁぁぁぁーっう!
その程度じゃ、驚かん。
呆然と立ち尽くす菖蒲の背後に立ったのは、暑苦しい男子生徒が二人。
「どうしたんスか、アヤメさん? もしかして何か!?」
「桜井様に代わって俺たちが……」
青島と白崎。桜井の腹心の舎弟だ。
はじめのうちは『貴様』呼ばわりだったのが、桜井と付き合うようになると、その態度は一変したのだ。
そりゃあ、気味が悪いほど。
その青島と白崎が菖蒲の下駄箱を覗き込み、すぐさま、マッハで飛び退いた。
「「なんてことだ」」
上履きの上に置かれていたのは、赤い布できれいに束ねられた、くせのない長い髪がひと房……。
怖いの怖くないのって……。怖いわ!
「なんなんだよ……お前たち、なんか知ってるのか?」
「どうするよ……この赤いリボンよォ?」
「これ、桜井様の……前の……」
桜井の、前の? ……前のって?
(彼女? そうなのか? 髪を切った? あたしに送り付けてきた? ひええええ……)
ある意味、カミソリより怖い。
確かに桜井ほどの男なら、彼女がいたって不思議じゃない。
しかし、今の彼女である菖蒲にこんなシロモノを送りつけてくるとなると、尋常な思考の持ち主とは思えない。
さっそく、厄介事の匂いがしてきた……。
そんな想像を巡らしていたが、話はなにやら意外な展開へ。
「なあ、お前自分の持ってるよな?」
「当然だ、肌身離さず、持ってるぜ」
そう言って青島は、制服の内ポケットから茶道で使う袱紗(ふくさ)を取り出し、中からなんと!
……青い布で束ねられた、巻かれたひと房の長い髪。
「俺も持ってる……ほら」
続いて白崎も迷彩柄の巾着袋から、白い布で束ねられたひと房の髪を取り出して見せたのだ。
「いったいなんなんだよ、この気味悪い髪の毛は……」
「中学を卒業するとき、舎弟となった証に、桜井様からいただいたものだ」
「名前にちなんで、それぞれの色のリボンがついている」
「いつでも俺たちは桜井様とともにある、ということだ」
と、いうことは。
桜井は自分の髪を、腹心の舎弟に分け与えたということだろうか。
相変わらず、奇妙なやつだ。自分の彼氏だが、時折ついていけなくなる。
「じゃあ、赤って誰だよ?」
菖蒲は、舎弟たちに尋ねた。
青島と白崎は、お互い顔を見合わせている。
「そこ、なんだよなあ……アイツが相手じゃなあ」
「うんうん」
「桜井に惚れ込んでたからなあ……別な意味で」
「そうそう」
青島が言う後につづいて、白崎がいちいち合いの手を入れている。
「で、誰なんだよ! 赤って!?」
「3Eの紅林善造(くればやし・ぜんぞう)だよ」
「年上の舎弟!? それじゃ舎兄だろう……。それより何だってその紅林が、あたしにこれを?」
菖蒲は上履きの上から、赤いリボンのついた髪のひと房をつまみ出した。
恐ろしくツヤのある、くせのない、ハリのある長い髪。
おそらく、三十センチはあるだろう。
そっと触ると、さらさらしていた。
(確かにこれ…………桜井のだ)
そう考えたら、怖さも薄れてくる。
桜井の『前の』は、彼女ではなくて、髪の毛のこと?
それを知って、安心している自分が、何だかおかしかった。
しかし、安心するのはまだ早い。
紅林善造、……桜井に惚れ込んでたって?
それで、私に嫌がらせ?
それよりもなによりも。
彼氏・桜井の中学時代の髪型のほうが気になる菖蒲であった……。
(了)
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