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13 食後のデザート  喜多川家の陰謀
 部室が並んでいる、通称『クラブ棟』。
 そこは体育館の裏手にあり、主に運動部員たちの居場所となっている。

 そのクラブ棟の一番奥の部屋。
 そこが桜井知宏率いる、『桜組』の根城だった。
 もちろん、公式にクラブ活動をしているわけではない。しかし、処々の理由により、桜井たちは一番大きな部屋を堂々と使っているのだ――しかも二部屋も。
 大きな部屋は、組員(?)たちの溜まり場、隣接した一回り狭い部屋は桜井専用だ。


 いつものように、桜組幹部の面々がウワサ話に興じていた。
 助さん格さんのように桜井の傍に控えている、体格のいい二人の男。青島、そして白崎。
 今日は珍しくもう一人、部室に姿を見せていた。
 この学校の『表』の権力者、生徒会長の黒磯だ。華奢な少年である。

「いや、屋上に行ったらよ、もうそこは一面、血の海よ。紅林だけに紅く染まったって、笑い話にもなりゃしねえよなァ。ははっ、ははっ、ははっ」
 おそろしく切れ味の鋭そうなナイフを片手に、青島が言った。
 もちろん、人を刺すためなんかではない。
 刃には「ゾーリンゲン」とドイツ語の刻印が入っている。
 舶来モノだ。

「血の海はオーバーだけど、久々に、桜井様の『般若顔』が拝めたしな……」
 ビニール袋に入った、得体の知れない白い粉をいじりながら、白崎が言った。
 もちろん、あやしい薬ではない。
 袋には『お徳用』と書かれ、出来上がり図の写真が印刷されている。
 美味そうだ。

「仕方ないでしょう? 紅林先輩は二度目ですから。適当に策をうって葬りましょうか? 合法的に」
 大きなデイバックから、さまざまなものを取り出しながら、黒磯は言った。
 化学室から失敬してきたらしい巨大なビーカーや、ガラスシャーレ、サンプル瓶につめられた謎の物質、数種類――。

「……お前、優等生面して言うことは黒いよな、生徒会長様よ」
 青島は自慢のナイフの切れ味を試すかのように、目の前に置かれていた黄色い果物を、片っ端からスライスしていく。
「ここに来ている時は、その肩書きを出さないで欲しいですね。優等生と言ったって、万年二位ですけど。あの人にはかなわない」
 確かに頭の出来はよさげである。
 猛者が集う桜組において、明らかに異質な風貌だ。
 確実に、ポジションは『腕力』ではなくて『策略』であろう。
 それに何といっても、表の権力者である――。

 白崎は、黒磯が調達した巨大ビーカーに、持っていた白い粉を袋から全部あけた。そして、サンプル瓶に入れられていた謎の物質――液体やら粉末やらを一緒にぶっこんだ。
 そして脇で刃物を振り回している体格のいい男・青島に言った。
「もうそれくらいにしておけよ、青島。そんなに手持ち無沙汰なら、これを思いきり殴りつけろ。嫌なやつのこと思い浮かべてな」
 白崎は、青島がみじん切りにしてしまったものを奪い、すべてビーカーに放り込んだ。
 代わりに麺棒と袋入りの黒い塊を手渡してやる。
 すると青島は、途端に嬉々とした表情になった。
「おお、俺これ好きなんだ。ヒットしたときの感じがよ、クセになるんだよ。堅いのに、脆くてよ……。この野郎、紅林ィ、黒磯ォ、わはは、面白れえぞ」
 一人テンション高くはしゃぐ青島。
 白崎は巨大ビーカーに素手を突っ込み、内容物を一心にかき混ぜ、均一になるようにまとめ上げている。もちろん、黒磯の様子を伺いながら。
「……それって嫌いなやつというか、単に、青島が力で勝てる相手じゃねえのか?」
 それに対し、黒磯少年は、冷たく言い放つ。
「……火ィ、点けますよ?」
「わわわ、黒磯ちゃん冗談だってェ。すぐそうやって怖いこと言うんだから」
 青島があわてて弁解をした。
 この男ならやりかねない。証拠を残さず、自分の手も汚さず、やってのけるに違いない。
「……何言ってるんですか、青島君。これの話ですよ」
 黒磯はカセットコンロの上に鉄鍋を置いた。そして、その中に油を注ぎ入れている。
「まあ、青島君なら油かけなくても、そのたっぷりの体脂肪でうまく燃えてくれそうですけどね……」
 やはり、敵に回してはいけないようだ。

「……黒磯、そろそろシャーレを用意してくれ。青島、砕いたやつ寄越せ、混ぜるから」
 黒磯と青島の二人は、素直に白崎の指示に従った。
 皆、ありえないくらいに手際がいい。
「型抜きにそんなもん使って大丈夫なのかよ? そりゃ大きさは似てるけどなァ。やべえもんとかついてんじゃねえのか?」
「どうせ高温殺菌されますよ」
 ビーカーの中のものを、さっきまで青島が黒い塊を砕くのに使っていた麺棒で延ばしていく。そして、すかさず黒磯はシャーレで型抜きしていき、それを青島が再びナイフで真ん中をくりぬいていく――。

 手を動かしながら、三人は世間話に話を咲かせた。
「それにしても、紅林さんはあの喜多川を……。勇気あるよなァ。並みの女子相手とは訳が違うじゃん。あの喜多川椿の妹だよ? ばれたらそれこそどんな目に遭うかわかんないよな」
 一通り型を抜き終わると、クズをまとめ、再度延ばしていく。
 今度は量も少ないので、白崎がシャーレで型抜きを始めた。
 黒磯は充分熱した油の鉄鍋の元へと行き、青島が穴を開けたものをどんどん放り込んだ。
 じゅう、と気持ちのいい音をたてる。
「まあ、紅林先輩は喜多川さんのお兄さんと繋がりがあるじゃないですか。この辺しめてるチームの、現トップと元トップという繋がりがね」
 そう言いつつも、黒磯は鍋から目を離さない。
 どんどんと、芳しき香りが部屋中に広がっていく。
「というか、何で桜井様があのチームのトップにならないのか、不思議なんだよなあ。ここでは紅林さんの上にいるのによォ」
「近いうちに一悶着ありそうですよね。たぶん内部抗争じゃすまないでしょう。無駄な流血は避けたいですけど。青島君、皿ください」
 桜井がいつも使っているウェッジウッドの菓子皿を、食器ケースから慎重に取り出し、黒磯のところまで持っていく。
 色も香りも抜群だ。青島は鼻をヒクヒクさせている。
「毒見させろ、黒磯」
 まるでハイエナだ。
「何言ってるんです。これは君の餌じゃないんですから、まったく……」
 そう言って、黒磯は高温に熱せられた油の中から、形の悪いものを網でひとつすくい、無表情のまま青島めがけて放ってやる。
「あぢぢぢぢぢちぃぃぃぃ! このやろう黒磯! なんてことしやがるんだよ!」
 床に落とさぬよう、右手へ左手へ。青島、必死の形相だ。
 その姿を横目で見て、黒磯は忍び笑いをしている。
 青島は再びゾーリンゲンのマイナイフを取り出した。
「てめえの血の色は、さぞかし黒いんだろうなァ? 黒磯だけによォ?」
「こめかみに青筋が立ってますよ。青島君だけに……。こんな使い方でいいんですか」
 青島と黒磯が至近距離てにらみ合っている。

「桜井様、待ちくたびれてるなきっと……」
 白崎は、白々しくため息をついて見せた……。


 ようやく、我らがリーダー・桜井知宏への献上菓子が、ここに完成した。

 本日のメニュウ。
 ――黒糖とバナナのドーナツ。





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