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17 お酒  喜多川家の陰謀
 合コン――。

 ……って、あれだよな。初対面の男女が付き合うこと前提で、お互いを値踏みするナンパな飲み会。

 この程度の認識の男が、ここにいた。

 喜多川椿は仕事がデキる、端正な面持ちの日本男児だ。統率力があり、同僚たちの信頼も厚い。
 現在二十五歳。
 彼女いない歴、二十五年――。


 椿ほどの男に、今まで彼女がいなかったことは奇跡に近い。
 もちろんそれは『ちゃんと付き合ったまともな彼女がいない』という話であって、その女性遍歴ときたら、言葉にするのがはばかられるほど見事なものだ。
 とりわけ、年上の美人玄人には人気抜群だ。
 いまさら、ミサキのような若くて世間知らずな娘などは、相手にできないのだ。

 昔からミサキはこうなのだ。椿が地元のチームのトップをはっていたときから、ちょろちょろと付きまとっていた。
 皆恐れ多いと近寄れない雰囲気をかもし出していた椿に、馴れ馴れしい口の訊き方をするミサキは、幹部たちにたしなめられてたこともあった(らしい)。
 椿は記憶にないのだが、どうやらこの時に『颯爽と現れて自分をかばってくれた』んだとか。
 ――違うと思う。

 いまやミサキは同じ会社の同僚だ。
 椿のどす黒い過去を知る、危険人物なのである。
 それはミサキだって同じ事。
 お互い様の筈だが、椿は必要以上にミサキを警戒し、知らず知らずのうちに機嫌取りをしてしまっているのに気付いていない……。


 椿は何だか気が進まなかった。
 しかし、約束は約束だ。
 ミサキに指定された店は、椿が現役時代によく行った「チーム」御用達の居酒屋だった。
 OBが出している店なので、少々のことは大目に見てもらえるという利点もあるのだ。

「あ、椿さん。こっちこっち!」
 もうすでに合コンは始まっていた。
 ミサキと見知らぬ男女が一人ずつ――。お世辞にも品がいいとはいえない、奇抜な服装。このような居酒屋に出入りするのには、やたらと若い気がした。
 スーツ姿の椿は、ひときわ浮いてしまっている。
 これじゃまるで、高校のクラス会に呼ばれた若手教師ではないか。
「あら! ホントに来てくれたのねぇ、椿くん! 美咲ちゃんが言うの、半信半疑だったものだから。嬉しいわー。一段とイイ男になってー」
 居酒屋を切り盛りしている女将だ。そして椿の女性遍歴の中に名を連ねている一人である。
 女将にはちゃんと亭主がいる。当然のことだが、二人の関係は周囲には内緒だった。
 ――もう、過去の話であるが。
 もちろん、ミサキもそれは知らない。

 空いていたミサキの隣の席に、椿は着いた。四人掛けのボックス席だ。向かいにはシルバーのごついピアスが眩しい男。その隣は猫のような目をした小柄な茶髪女。
「君らは……ミサキの友達なのか?」
 この二人に比べたら、ミサキなんかかわいいうちだ。
「菜摘です。初めまして、喜多川さん」
 どっからどう見ても猫娘。まあ、愛嬌はある。
「俺は、ゼンゾーっていいます。喜多川サンのことは、知ってますよ、有名だから」
 派手なアクセサリーもさることながら、やたらと背の高いのが印象的な男だ。目線が同じということは、百八十五センチはあるに違いない。目つきが鋭く、顔色も悪かった。それに何と言っても……前歯が一本欠けているのが気になる。
「ケンカでもしたのか? ゼンゾウ君とやら」
「まあ、そんなトコですね」
 へらへらと笑いながら男は答えた。
 ――笑うと特にマヌケだ。
「顔面狙うなんて、卑怯なヤツだな……。ケンカはボディが基本だろ」
「やっぱり椿さんはそうじゃなくちゃ! 仕事ができるビジネスマンもカッコいいけど、チームのトップはってた頃の椿さんはもの凄い人気だったんだから」
 まるで自分のことのように、ミサキは嬉々と自慢する。
 そして興味深げに相槌を打つ、猫娘とピアス男。
「おいおい……、あまり初対面のヤツに変なこと吹き込むなよ」
「大丈夫だよ。だって彼、今のトップだから」
 ミサキは事も無げに言った。
「? ……お前が? あ、そうなのか……」
 意外だった。
 時代の流れをひしひしと感じてしまう。

「ねえ、椿さん。何飲む?」
 合コンとは名ばかり。ミサキはすっかり『彼女』気取りだ。
 向かい側に座っている若者たち――菜摘とゼンゾーは仲睦まじく見えてしまう。
 これじゃ合コンじゃなくて、ダブルデートじゃないか!
「ウーロン茶でいい」
 別に出会いに期待していたわけではなかったが、ミサキのいいように使われてしまったようで、何だか納得いかなかった。
「そういえば椿さんって、会社の飲み会でもあんまり飲まないよね? ひょっとして、弱いの?」
 甘えるような、上目づかいの瞳。しかしこの程度では椿の心は動かない。なんといっても場数が違う。
 椿はミサキに一瞥くれただけだった。小娘相手に余裕の態度。
 そのとき背後から、声を掛けてくるものがいた。
「弱くなんか、ないわよねえ――?」
 女将だった。おしぼりとお通しを椿の前に置く。
「椿くんは『伝説のトップ』ですからねぇ。ふふふ」
「からかうなよ、俺は別に……」
 知らず知らずに心拍数が上がってくる。
 かなわないのだ、女将には。ある意味、全てを知られてしまっているのだから。
「聞きたい聞きたい!」
「あ、俺も俺も」
 猫娘とピアス男が、嬉々とはしゃぎたてる。

「一晩で日本酒一升、一人で空けて、そのままバイクに乗って敵対チームの溜まり場に奇襲をかけたり」
「「へえー」」
「そうそう」

「酒飲み対決して、一度に六人も病院送りにしたわよねぇ、みんな急性アルコール中毒で」
「「おおー」」
「すごいでしょ?」

 女将の『喜多川椿・大酒武勇伝』に続いて、猫娘とピアス男が同時に賞賛の声を上げ、そしてミサキが相槌を打つ。そういう構図ができ上がっている。


「女将、お喋りが過ぎるぞ――」
 椿は眉間にしわを寄せて、女将を諌めた。精一杯の虚勢である。
 しかしそれは逆効果だったらしい。女将は椿の反応が面白くて仕方がないといった風に、優雅に微笑んでいる。

「でもね、その酒豪が負けちゃったのよねぇ。それも女。ましてや惚れてた相手に。ふふふふ、その日からお酒は止めちゃったの、椿くんは」
「「へえええー」」
「お、おっ、おんな!? しかも、『惚れてた女』ですって!」

 叫んだのはミサキだった。さすがに初耳だったらしい。
 椿は逆に驚いた。ミサキの過剰な反応に。
「大袈裟なやつだな……昔の話だ」
 椿は、あえて否定しなかった。
 するとミサキは突然、バッグを掴んで席を立った。
「おい、どこに行くんだよ!?」
 こんな見知らぬ若者二人を残されて帰られたら、訳が判らないではないか。
「トイレに行くだけ!」
 怒っているのか拗ねているのか、まったく手におえない。
「何なんだよ、あいつ……」


「酒と女で、身を滅ぼすところだったのよねえ?」
「ふん、うぬぼれるなよ――」

 女将と椿のやりとりを、猫娘とピアス男は黙って眺めていた。
 ――ああ、そういうことね。

 ミサキには、内緒。





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