二学期の期末テストも、今日の午前中で終わりである。
解放感にあふれた生徒たちが、寄り道の計画を立てながら、次々と下校をしていく。
そんな中――。
巨漢の青島と咎人顔の白崎が、この高校の生徒会長に呼び出されたのだ。
場所は学校の図書館。
二人が入学以来、一歩も足を踏み入れたことのない領域だ。
「ナンなんだぁ? 黒磯。こんな辛気くせえトコに呼び出してよォ。この独特の匂い、目眩がするぜ」
青島は巨体を揺らしながら、目の前に立つ黒磯少年に文句をたれる。
「俺らに一番似合わねえ場所だよな……俺よお、埃アレルギーなんだ。ああ、むずむずする」
一方の白崎は、コワモテの顔をさらに強ばらせ、目に見えない埃を手で振り払う仕草をしてみせている。
緊張感のまるでない二人を見て、生徒会長の黒磯少年は軽くため息をついた。
「君たちときたら……。これから桜組幹部としての、重大な任務があるんです。いいですか?」
桜組。
それは彼らが属する非公認組織のことである。
桜井知宏という男が、この学校のみならず近隣の落ちこぼれたちをも手なずけて、『健全な集団生活』を営むための組織だ。
青島白崎は、その中でも腹心の舎弟として君臨している。そして、周囲には隠しているがこの生徒会長も、桜井の忠実な部下なのだ。
生徒会長の黒磯少年が、この桜組の幹部クラスの二人を呼び出したのは他でもない、我らがリーダー、桜井知宏のためなのである。
「重大任務? ナンだそりゃ」
「こんなところでか?」
相変わらず頭の回転が悪い――。一から説明するのはひどく骨が折れる。
説明したところで、すべて理解できるとは到底思えない。
黒磯は一瞬だけ考えて――難しい説明は抜きにして、これからすべきことをそのまま二人に伝えた。
「下っ端組員たちは図書館の外に待機させてあります。彼らには一般生徒をこの閲覧室まで入れないようにしてもらいます。そして君たちは……」
「「俺たちは?」」
青白コンビの声が重なった。
「これからこの場所が、ちょっとした修羅場になる可能性がありますので、最大限のサポートをお願いしたいと思います」
曖昧でよく解らない、青島と白崎はいまいちピンとこない顔をしている。
「図書館では静かにしてもらわないと、生徒会長の僕としても困りますから」
――図書館では、お静かに。
そんな暗黙のルールも、図書館におよそ縁のない青島白崎のバカ舎弟コンビには、理解できていないだろう。
「ちなみにこのことは桜井君は知りません。くれぐれも隠密行動を心がけてください。どんなことがあっても、姿を現したり声を出したりしないでください。いいですね? 青島君も白崎君も」
まさか……桜井と紅林が、とうとう一騎討ちなのか?
桜井知宏の腹心の舎弟、青白二人は、顔を見合わせ頷きあった。
予想通り、桜井知宏が図書館へ姿を現した。
青島と白崎は、書架の陰に隠れるようにして身を潜めていた。
(要するに、桜井様がやられそうになったら、助太刀しろってことだよな?)
(……桜井様がやられるなんてことはねえだろ? そんな相手がもしいたとしたら、俺たちじゃ歯がたたねえよ)
しかし、そこへ現れたのは紅林善造ではなかった。
「あ、アヤメさん……!?」
(シッ、バカ青島、声が大きい!)
図書館の入口には、大勢の桜組組員がいる。そこを通ってきたのだから、桜井が待ち合わせている相手は、桜井の彼女『喜多川菖蒲』だということだ。
(まったく、何なんだよ黒磯のやつ……)
(何がちょっとした修羅場だよ。ただの密会デートじゃねえか?)
目的の人物は二つ向こうの書架の間にいた。
図書館の中には司書の職員数人だけだったが、二人はそれを気遣ってのことだろう、ささやくような声で言葉を交わしている。
青島や白崎の耳には、その内容ははっきりと聞き取れない。
すると突然、女子生徒の大声が辺りに響いた。
「『終わりにしよう』だって!? あたしをなめてんじゃねえよ。だてにあのバカ男の妹をやってねえんだ! お前の浅はかな考えなんて、手に取るようにわかるさ!」
「あ、あ、浅はか……だって? 俺が? いったい誰のためだと思ってるんだ!」
「……やっぱりそうなんじゃない! あたしのためなのかよ!?」
本と棚の間のすき間から、青島白崎は息を殺してそのやりとりを覗き見していた。
会話の内容から察するに、どうやら別れ話――確かに、修羅場に違いない。
しかし、このような状況にいたる経緯は、まったく解っていなかった。
(あんなに仲良さげだったのに……なあ白崎、いったい何があったんだ?)
(まったくだ、青島。かなり、やばい雰囲気だなこりゃ……)
「アヤメの……ためじゃない。――俺のためだ。どのみちこうなる運命だったんだ。いくらあがいてみたところで、結末は同じだ」
「ワケ解んないこと言ってんじゃねえよ! ゼンゼン話にならない。あたし帰る!」
「黙って俺の言うことを聞け! アヤメ!」
桜井のこの世のものとは思えぬ怒声とともに――。
青島と白崎のほうへ、なんと書架が倒れかかってくるではないか。桜井が怒りに任せて書架を蹴り倒したのだ。
(さっ、桜井様ァ。なんて無茶な!)
このままだと大惨事になりかねない。二人の舎弟はすぐさま左右に分かれ、必死に書架のフレームを支えた。軽い本が頭上へ降ってくる。
書架のドミノ倒しは、青島白崎コンビによって食い止められた。
しかし、この状態でいつまで持つか……時間の問題だ。
(ふぁ……ふぁ…………)
こんなときに、白崎の埃アレルギー。しかし、生理現象を押さえるのは困難だ。
(コラコラ、白崎! くしゃみは耐えろよ!)
書架を支える舎弟コンビの、両腕の震えは次第に大きくなり――。
白崎のくしゃみと、書架が再び崩れゆく轟音は、ほぼ同時だった。
そして、図書館に静寂が戻った。――尊い二人の男子を犠牲者に出して。
「良かったんですか? これで」
崩れた書架の中に一人たたずむ桜井に、どこから出てきたのだろう、黒磯少年が背後から声を掛けた。
桜井はゆっくりと振り向き、苦笑いをしてみせる。
「取りあえずはな……。でもこれで紅林が諦めるとは思えないからな。今のうちに手をうっておこう」
「協力しますよ。――ここの書架の後片付けは、桜井君の部下たちにやらせておきましょう。司書の方たちにも話は通しておきましたから、ご心配なく」
自分の手は汚さずに、美味しいところはすべてイタダキ。
それがこの高校の生徒会長にして、桜井知宏の有能な片腕、黒磯和真である……。
(了)
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