昔から、そうなのだ。
チョキの次には、必ずグーを出してしまうという癖が身体に染み付いてしまっている。
それを、弟妹たちに知られてしまってるものだから、――貧乏くじを引くのは、いつだってこの長兄だった。
喜多川家の三兄妹弟。両親が他界してからはや三年。兄の椿が、妹の菖蒲と弟の桔梗を養っている。
家事はそれぞれ分担して受け持っている。
兄はゴミ出しとトイレの掃除。
炊事は、妹の仕事だ。
弟はお風呂の掃除。
買い物と洗濯は、『当番持ち回り制』だった。
今週の洗濯当番は菖蒲のはずだった。しかし、今は期末テストシーズン。洗濯物は溜まりに溜まっていく。
しかも初冬の長雨もたたって、洗濯物は乾かない。
今日も雨が降っている。――これでもう四日目だ。
そして、必要に迫られての、公平なるジャンケン。
決まり手は、グー。
長兄・椿のその握りこぶしは、心なしか震えていたのは言うまでもない。
椿は渋々大きな袋に洗濯物を詰め込んで、冷たい雨の降る夜の街へと、傘をさして出かけていった。
大通りから一本裏道に入ったところに、たまに利用するコインランドリーがある。コンビニエンスストアと並んでいて、使い勝手はなかなかいい。
雨はさらに強くなった。
未成年と思しき若者が数人、コンビニの前でたむろしていた。
見た目で判断するわけではないが……いかにも素行の悪そうな連中だ。
椿だってこういう時代があった。昔の自分と同じにおいがする。
椿はその少年少女に一瞥くれただけで、そのままコインランドリーの中へと入っていく。
傘を傘立てにつっこんで、空いている洗濯機を確認し、持ってきた袋の中身を移していると――。
「久しぶりっすねー、キタガワさんじゃないですか」
「こんばんは、この間は楽しかったです」
コンビニの前の若者の中にいた男女二人が、椿に声を掛けてきたのだ。
さっきは暗くてよく見えなかったが、明るい店内でははっきりと分かる。
男。シルバーのピアスは相変わらずゴツい。未だ前歯が一本欠けている。
女。丸い大きな目をした猫娘。笑顔を絶やさず、愛嬌がある。
椿がミサキという小悪魔にそそのかされて、生まれて初めて経験した『合コン』の相手だ。
「ああ、君たちは……ゼンゾウくんとナツミちゃん、だったかな?」
「うわ、キタガワさん、洗濯なんかするんスか? そんなの女にやらせりゃいいじゃない?」
「あいにく俺はまだ独身でね」
「じゃあ、その女物の下着は……?」
椿はゼンゾウとナツミに言われ、洗濯機に移している最中の菖蒲の下着を、握り締めたまま話し込んでいることに気付いた。
「これは妹のだ――いかにもガキっぽいじゃないか。いい女の下着はもっとエレガントでゴージャスなもんさ」
そう言って、椿は菖蒲の下着を洗濯機へ放り込んだ。
そのときゼンゾウの携帯が鳴った。アクセサリが七色に点滅している。
しばらく話し込んだあと、ゼンゾウは嬉々として電話を切った。
「ナツミ、今日は帰れ。ははは、ようやく俺にいい風か吹いてきたぜ。じゃあな。キタガワさんも、洗濯ガンバってくださいっすよ?」
がははは、と下品な笑いを残し、ゼンゾウはコンビニ前のほかの少年たちと、夜の街へ消えていった。
一人残されたナツミは、なかなか帰ろうとはしなかった。
興味深げに、椿の洗濯機の操作を覗き込んでくる。
あとはしばらくヒマだ。乾燥まで完了するには一時間以上ある。
椿は店内の一角に設けられているベンチを指差し、ナツミを促し腰掛けた。
せっかくなので、設置されている自販機から缶ジュースをおごってやる。自分には温かい缶コーヒー。
「喜多川さんって、紅林さんと同じような立場にいたんですよね」
ジュースをひと口飲んでふうと息をつき、ナツミは椿に話しかけ始めた。
「ああ。もう随分と前のことだ。現役連中は俺のことを知らないやつも多い」
紅林は地元のチームの現在のトップ。
一方の椿は、過去にトップだった男。
「そんなことないです! 『伝説のトップ』ですもん。きっと喜多川さんの言うことなら、紅林さんもきいてくれると思います。お願いです! 桜井君の身に何かがあったら、私……私、困るんです」
お願い?
紅林に言うことをきかせる?
桜井君の身に何かがあったら、私……困る?
椿は頭の回転が速い。ナツミ言っていることはとてもよく解るのだが、人間関係の繋がりがいまいち飲み込めていない。
「ナツミちゃん。いったい君は、桜井君とどういう関係なんだ?」
「二年前に――付き合ってたんです。桜井君のために……、私は彼を裏切って紅林さんと一緒にいることを選んだんです」
なるほど、納得。よくある話だ。
一人の女を巡って、男二人の仲が悪くなる。
どうも最近、自分自身でも似たような経験をしている気がしてならないのだが――。
「紅林さんは……桜井君のことが好きなんです」
ナツミの唐突な言葉に、椿は思わずコーヒーを吹き出した。
「は? ええと、それはだな……月並みな聞き方だが、『ライク』か? 『ラブ』か?」
「そうですね……『ジェラシー』、じゃないでしょうか? 桜井君が好きなものを、自分が手に入れたいんです。かわいそうな、人なんです」
まったく罪な男だな、桜井君は――椿はそう思った。
知力にしろ、腕力にしろ、外見にしろ、妬まれる要素はてんこ盛りだ。
それでいて多くの舎弟に慕われるカリスマ性。
羨ましがってみたところで、どうしようもない域に達していると思うのだが。
「今までは、私がそばにいたから、紅林さんは優越感に浸っていられたんです。けど、もう私には……それすらもなくなってしまったんです。そういっても、裏切りは裏切り。桜井君は私のこと、絶対許してくれないと思います。当たり前ですよね。どこでどう間違ってしまったのか……」
「菖蒲か……? そうか、桜井君があいつと付き合い始めたから」
紅林の興味が、この少女から妹へと移った――。
「喜多川さん、お願いです。近いうちに、紅林さんは桜井君に仕掛けるつもりです。菖蒲さんだって危ないかもしれない。たぶん今だって……紅林さんはその計画のためにどこかへ行ってしまったんです」
ああ、若いな――。青春だ。
ナツミのすがるような眼差しに、心が動かされないといえば嘘になる。
しかし、椿がとうの昔に置いてきてしまったもの。
「ガキの喧嘩にいちいち口挟むのもな……好きにやらせたらいい。これは桜井君の問題だ。うちのバカ妹のことは――桜井君にすべて任せるさ」
冷たいようだが、それが現実だ。
しばらくの沈黙の後――。
ナツミは椿にジュースのお礼を言うと、会釈をしてそのまま店を出て行った。
真っ赤な傘が、夜の闇に映える。
コインランドリーの店内から、椿はナツミの姿を見えなくなるまで目で追っていた。
「物騒な年の瀬だな……」
椿は飲み終えたコーヒーの空き缶を、右手で力任せに握りつぶした。
(了)
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