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32 ライター 【聖夜編】  喜多川家の陰謀
 いったい、何が起こったんだろう。
 黒磯に呼び出されて、近くのコンビにまで行き、コーヒーを飲んだところまでは覚えている。
 そこからの記憶がない。
 湿っている。ひんやりとした空気。薄暗い。
 ここはどこだろう。古びた倉庫のようだが。
「ようやくお目覚めかい? あやめタン? わははは」
 イヤだ――。悪夢だ。
 だれか、これは夢だといってくれ。

 どうしてこの男が目の前にいるんだ?


 紅林善造――。
 そして周りには数人のガラの悪そうな男たち。
 全然珍しくはない。昔の兄貴と同じ匂いがぷんぷんする。
 学校では見かけない顔ばかりだ。おそらく紅林がトップを務める暴走族チームの連中なのだろう。
 でもどうして。
 コンビニの前にいたはずの菖蒲が、この紅林のところへ連れてこられたその理由が知りたい。

「なんで……何であたし、こんなところに」
「桜井サンに会いたがってるんでしょ? 桜井サンのこと探してるんでしょ?」
「それはお前に関係ないことだろ」
「せっかく、会わせてやるって言ってるんじゃないか。喜多川さんがエサになってくれたら、きっと会いに来てくれるんじゃない? がはははは」
 やられた――。
「あいつとはもう別れたんだ。来るわけ、ないだろ……」
「あーあ、ホントは来て欲しいって顔だねェ。ますます妬けちゃうな、桜井サンに」
「別れた女を助けに来ないような、そんな男じゃないのは僕がね、よォく知ってるんだよ? ナツミの時だってよ、あいつはちゃーんと来たよ。見ものだったぜ? 桜井サンの目の前でよ、ナツミが俺のものになったときは、はは、あいつ、この世の終わりみてえな顔しやがってよ」
 桜井と紅林とナツミという子の、歪んだ三角関係――。
 ひどい、ひどすぎる。
 桜井にそんな過去があったなんて、知らなかった。
「もう一回見てえんだよ」
 こいつ、おかしい。どうかしている。
「言っとくけど、あたしはお前のものになったりしないからな?」
「だったら、今度こそ桜井サンの目の前で、力ずくででも奪ってやるよ」
 それはイヤ。それだけは絶対に、イヤ。
 紅林の目が、怖い――。


「ふふふ、紅林先輩、悪ふざけが過ぎますよ。彼女は一応、『喜多川椿』の妹なんですから」
 コンテナの陰から姿を現したのは、さっきまで一緒にいたはずの黒磯少年――。
 これまたガラの悪そうな男を一人、従えている。
 ニット帽に、手の込んだトレッドヘア。サングラスに薄いくちヒゲを生やした、チンピラ風の大きな男。
 黒磯がチンピラとも繋がっていたなんて驚きだ。表向き優等生の生徒会長とは、なんて分厚い化けの皮――。

「黒磯! どういうことなんだよこれは!?」
「どういうって、たぶん喜多川さんが見て感じたとおりですよ」
 嘘だ。
 嘘だと言ってくれ、黒磯。
「僕はしょせん、桜組では外様の舎弟ですからね。強いものに従うというのは世渡りの最低条件ですよ?」
「――裏切り者」
 桜井。こんなときに信頼している部下にも寝返られるなんて。

 紅林が黒磯少年に向かって言う。
「黒磯。俺はまだ完全に信用したわけじゃないぞ? 例のもの、ちゃんと持ってきたんだろうな?」
「安心してくださいよ、紅林先輩。いかなるときも強い人間についていくのが僕のポリシーですから」
 そう言って、黒磯はズボンのポケットから銀色に光る小さなものを取り出した。そしてそれを菖蒲に見えるように向けた。
「喜多川さん、君ならこれなんだか解りますよね?」
 兄の椿が愛用していたライターだ。見覚えがある。
 確かそれは、桜井に譲っていたはず――。
「そう。君のお兄さんが愛用していたジッポーですね。これでしょう? 桜井君が大切にしていたものです。失敬してきました」
 黒磯はライターを紅林にはっきりと見えるところに置いた。
「あなたへの忠誠を示すために、……おい、やってくれ」
 後ろに控えていたチンピラ風の手下が、用意してあった鉄パイプで、ライターを思い切り叩き潰した。
 見るも無残な姿。なんという怪力だ。もう使い物にならない。
 それよりも。
 ライターを叩き潰すと同時に、兄・椿と桜井の信頼関係も叩き潰したのだ、この黒磯という男は。
 許せない。――許さない、決して。

「たいしたもんだ、黒磯よ。これは信じるなっていうほうが酷だよなあ? お前だけは敵に回したくないねェ」

 黒磯が菖蒲のほうをじっと見ていた。そして目が合うと、嘲笑してみせた。
 更にライターの残骸を足で踏みつけ、床コンクリートに擦り付けた。


(33 口紅 へ続く)


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