黒磯が菖蒲たちを監禁しておくために指示した場所は、倉庫に併設された事務所部分だ。スチール製の階段を上ってすぐ横に、部屋が二つ並んでいた。
一階部分は倉庫として充分活用できるように、二階に事務所があるつくりのようだ。
奥の部屋に三人は押し込められ、外から鍵を掛けられた。
部屋の中は、古びたダンボール箱の山。
電気も点けられていない暗い部屋の中で、三人は寒さをしのぐために身を寄せ合っていた。
不可抗力だ――。これくらいなら桜井も許してくれるはず……。
「桜井様、今頃どうしてるんだろうな……」
「俺たちのこと、ホントに気付いてくれてるかな」
――そんなの、あたしに聞くなよ。
「なあアヤメさん。桜井様ってホントにあばら折れてんのか?」
「あの桜井様に限って……いったい誰にやられたんだ?」
――それも、あたしに聞くなよ……。
「いいか、あたしたちが捕まったままだと、たとえ桜井がここへ来たって、思うように動けないだろ? 何とかしてここから逃げるんだよ! 早くしな!」
菖蒲は両脇の青白コンビにけしかける。
「どうやって? ドアは鍵かかってるし、黒磯たちは隣の部屋にいるんだぜ? 大きな物音たてたらすぐにばれちまうよ?」
「窓から逃げるったって、ここ二階だしよ?」
三人は大きな大きなため息をついた。
くうん。
くうん。
「? お前ら……今なんか聞こえなかったか?」
くうん。
「い、い、犬だ」
弟・桔梗の飼っている、ワンちゃんという犬だ。
「おまえ……!? どっから入ってきたんだよ?」
辺りをよく見回すと、外に面しているドアが僅かに開いているではないか。
「うわ、あいつらマヌケもいいとこだ。非常階段側のドアに鍵かかってねえっつうの……」
紅林や黒磯のいる隣の部屋と、非常階段は共通だ。
奥にある菖蒲たちの部屋から見つからないように逃げるには、這って行くしかない。
菖蒲と白崎はともかく、巨漢の青島にとっては至難の業だ。
くうん。
くうん。
「ああ、よしよしいい子だから静かにしててね……手紙が付いてる」
ワンちゃんの首輪に結び付けられた紙切れを、菖蒲は急いでほどいた。
『あっちゃんへ。必ず助けるから、安心して。 達也』
『菖蒲ちゃん。僕たちがついてる。 桔梗』
『バカ兄貴だけど、信じろ。 桜井(弟)』
あいつら――。
そうだ、ここであきらめてはいけないのだ。
最後の最後まで、信じるのだ。
「それにしても……達也たち、どうやってここにつかまってることを知ったんだ?」
やがて、外が暴走族の爆音で一杯になった。
「紅林の手下じゃねえか? 半端じゃねえ数だな……」
「こ、公開処刑が始まっちゃうんじゃねえか、は、はやく逃げないと」
「ダメだ、非常階段の下はゾクのやつらで一杯だ!」
エンジン音が、一気に止んだ。
あたりに静寂が戻ってくる。
くうん。
「あ、まって! ワンちゃん!」
菖蒲は思わず非常階段へ身を乗り出した。犬は無常にも勝手に階段を降りて行ってしまう。
隣の扉から、紅林を先頭にみなぞろぞろと非常階段へ出てきた。
バイクを横一列に並べ、全部で二十台あまり――。
中央に位置する、ひときわ派手な純白の特攻服に身を包んだ男が、肩に木刀を背負い、地の震えるような大声を上げた。
「揃いも揃って、情けねえ面のやつばかり、雁首そろえやがって! そのぼんくら頭、ぶち割られてえヤツから前に出てこい!」
「きゃーっ! 椿さんカッコいいー」
ミサキの黄色い歓声ももれなくついている。
菖蒲は思わず自分の目を疑ってしまった。
非常階段の手すりから身を乗り出すようにして、下に集まった暴走族のリーダの顔を目を凝らして再度見た。
間違いない。
「……お、お兄ちゃん!? 何やってんの? そんなカッコしちゃって……」
「勘違いするんじゃねえぞ! 俺はお前を助けに来たわけじゃない!」
ああ、完全に過去の栄光モード。
会社の人間がこれを見たら、きっと卒倒することだろう。
「心配なんかこれっぽっちもしていなかったさ。……うちのバカ妹を守ってくれた礼を言おう、――桜井君?」
え? 桜井って言った?
桜井が来てくれたのだろうか?
どこ。どこなんだ、桜井。
心臓の鼓動が一気に早まる。
「さすがは『喜多川椿』ですね。ばれてるみたいですよ?」
黒磯が何がおかしいのか、くすくすと笑いながら呟くように言った。
すると、それまで一番後ろにいたチンピラ男が、突然、二階の踊場から手すりをひょいと乗り越え、軽々下へ飛び降りてみせたのだ。
そして、特攻服姿の椿の前へと進み出た。
みな唖然として、その成り行きを見守っている。
帽子とサングラスをとり、カツラと付け髭も取ってしまうと。
どこからどう見ても、正真正銘、桜井知宏だった。
「う……そだろお?」
紅林はパニック状態だ。もちろんその手下たちも。
黒磯だけは一人、おかしそうに笑い続けたままだ。
「「さ、さ、桜井様ァ」」
「青島、白崎、……よく頑張ってくれたな。お前たちのことを誇りに思うぞ」
「め、め、滅相もない!」
「こ、こ、光栄ですっ!」
「黒磯! そっちは頼んだぞ」
「了解ですよ、桜井君。では、ご武運を!」
黒磯はにこやかに笑って、桜井に向かって手を振ってみせた。
そして突然、紅林たちの集団から抜け出し、菖蒲の元へ駆け寄った。
菖蒲は腕をつかまれて、そのまま菖蒲たちが監禁されていた部屋へと連れ込まれた。
青白コンビを外に残したままで、黒磯はしっかりと鍵を掛けてしまった。
青島と白崎は非常階段のドアに張り付き、ドアノブをガチャガチャ回している。もちろん開くはずもない。
黒磯は、ドア越しに言った。
「君たちの事までは、頼まれていないんですよ。せいぜい桜井君の足手まといにならない程度に、闘ってくださいね」
なんと哀れな――。
どこまでも黒いぞ、黒磯少年。
一方、外では。
桜井と椿兄が、素早く言葉を交わしていた。
「……さすがは喜多川さん、お見通しだったんですね」
「俺の情報網をナメるなよ? 君があのバカ妹についていてくれたからこそ、俺は安心していられたんだ。……さあ、たっぷりとお礼をしてやろうじゃないか」
そう、たっぷりと。桜井と椿が力をあわせれば百人力だ。
紅林など、ひとひねりだ。
「ワケあって戴いたライター、壊しました。済みません」
「もう俺のじゃない、好きにしてくれていいさ」
さあ、役者はすべて揃った――。
「椿さん、悪いやつみんなぼこぼこにしてやってーっ! ケンカの基本はボディを狙え、だからね?」
ミサキの叫び声を合図に。
喜多川椿チームは、倉庫の中へと突入した――。
(36 世界で一つだけの…… へ続く)
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