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アニバーサリー     (1周年記念企画小説)
 生徒昇降口での出来事である。
 今日は珍しく、菖蒲一人きりでの下校だ。いつもまとわりついてくるイトコの少年も、今日は姿をみせない。
 週に二日は彼氏と一緒に帰っているのだが、今日はその日でもなかった。
 別に不満はない。一人も気楽でいい、そう思っている。

 菖蒲の彼氏は、そんじょそこらの一般的な高校生男子とは訳が違う。
 百九十センチはあろうかという身長、フランス人の血が混じったクォーターが故のエキゾチックな顔立ち、気障ったらしいその身のこなし。
 桜井の素性を知らない人間なら、十人に十人は心奪われるという、破格な外見の持ち主だ。
 しかも成績優秀、三年生になった今でも学年一位の座を明け渡したことがない。
 こんなヤツいるか? と思うが、ホントにいるのだ。

 そしてこの桜井知宏という男――。
 なんと、この学校のみならず近隣の落ちこぼれたちをも手なずけて、「健全な集団生活」を営むための非公認組織『桜組』をつくり、そのトップに君臨して、好き勝手し放題。
 何をやっても極端な男なのだ。ホントにもう。
 桜井の周りは、常に危険がいっぱいだ。近隣の落ちこぼれたちを手なずけているだけあって、味方も多いが敵もまた多い。
 菖蒲自身、危ない目にあったことも何度かある。
 それでも、別れようと思ったことは一度もない。
 むしろ、すぐ無茶して危険にさらされる桜井を守るために、何が何でも桜井のそばを離れない――そう、心に決めている。


 学校の正門を出ようとしたときだった。
 校名のプレートが埋め込まれた門柱にもたれかかるようにして、誰かを待っている様子の少年が、菖蒲に声を掛けてきたのだ。
「一緒に帰りましょうか、喜多川さん」
 よく知っている。
 生徒会長の黒磯少年だ。華奢な体つき。
 表向き優等生だが、この生徒会長は菖蒲の彼氏・桜井の舎弟の一人だ。
 数だけは無駄に多い桜井の舎弟たちの中において、黒磯は特別な地位を築いている。桜井の篤い信頼を欲しいままにしているのだ。
 しかし菖蒲は、どうもこの黒磯少年のことが好きにはなれない。
 それは、もう何度も何度も彼の策略に嵌められているからである。
 現に今だって、アヤしげなにおいがぷんぷん漂っているではないか。
「一人で帰るからいい。……黒磯、お前生徒会のほう、忙しくないのかよ?」
「僕たちはもう三年ですよ? いつまでも一線で仕事しててもあとが続かないですからね。なるべく二年の副会長に頑張って貰うようにしてるんですよ」
 黒磯は何がおかしいのか、首を傾げながら微笑んだ。見る人が見れば爽やかなこの顔も、菖蒲にとっては優等生の仮面にしか見えない。
 その下にはどんな顔が隠されているやら……。
 菖蒲は黒磯のペースに巻き込まれないよう、必死にはねつけようと試みる。
「だったら、桜組の部室に顔出せばいいだろ。今日は例会の日だろ?」
「僕はあくまでお忍び舎弟なんですから。大っぴらにあの部屋に出入りできませんよ」
 確かに桜組の部室は、異様な雰囲気をかもし出している。
 桜井の彼女である菖蒲ですら、あの部屋に立ち入るのにはなかなか勇気がいる。桜井の立場も考えて、菖蒲も頻繁に出入りすることはしていない。舎弟たちのいないときに、こっそりとお邪魔する程度だ。


 結局断りきれずに、いつの間にか並んで帰ることになった。
「最近、桜井君とはどうなんですか?」
 ――でた。
 黒磯少年が菖蒲に近づいてくるときは、99%、桜井との付き合いに関してなにかを聞き出そうとしているときだ。
 一体こいつはどこまで知っているのやら……。
 嘘をついたところで簡単に見抜かれそうだし、上手く口車に乗せられて余計なことまで喋ってしまってもいけない。
 とにかく、この黒磯少年の前では気が抜けないのだ。
「別に……特にどうってことは」
「なんだか普通のカップルのように見えないので、心配してるんですよ、これでも」
 確かに菖蒲と桜井は、……ラブラブべったりの付き合いではない。
 クラスも違う。
 昼休みを一緒に過ごすほかは、たまに一緒に帰るだけ。
 休日にはお互いの家に遊びに行ったりもするが、基本的に家族ぐるみの付き合いなので、二人きりでどうこうとか、そういう雰囲気にはなかなか――ならないのだ。
 菖蒲は桜井のことが好きだし、桜井も菖蒲のことを大切に思ってくれている。それはお互いが口に出さなくても分かっている。

 ――それで、いいじゃないか? ダメなのか??

「別にどうだっていいだろ。お前に関係ないじゃないか。あいつだっていろいろと忙しいんだし」
「そこなんですよ、喜多川さん」
 黒磯は待ってましたと言わんばかりに、含み笑いをしてみせた。
「忙しすぎてね、たまに大切なことを忘れてしまったりするんですよ」



 桜井知宏率いる『桜組』に、下克上の嵐が吹き荒れた。
「お、お前たち……熱でもあるのか?」
 菖蒲が驚くのも無理はない。
 ケンカと食欲がすべての青島と、咎人面でやる気なさ全開の白崎が、必勝はちまきを額に結んで、教科書とノートを前にしてうんうんと唸っているからだ。
 よくよく見ると、青島は化学。白崎は英語のようだ。

 この二人、桜井率いる『桜組』の幹部で、桜井が水戸黄門なら助さん格さん的存在の舎弟だ。
 桜井の忠実な部下である二人は、菖蒲の顔を見上げ、揃いも揃って深い深いため息をついてみせた。
 失礼極まりない、この態度はいったい何??
「俺らもよく分からねえんスけど……」
「一教科でいいから、二番をとれって、桜井様が言うんだよなあ」
 どうやら桜井の命令で、こいつらにまったく似合わぬ勉強道具なんぞを、机一杯に広げている――そういうことらしい。
「何で二番なんだよ。どうせ目指すなら普通一番とか言うだろ。まあ、お前たちは取れるわけがないけどな」
「一番は桜井様だからな。それは分かるんだけど……つまり、あれだよな? 白崎よ」
「そうそう、あれなんだよ。とうとうこの日が来たかって感じかなあ」
 青島の説明に、白崎が相槌を打つ。いつものことだ。
 そして相変わらず、あれとかこれとかそれとか、指示語だらけの会話をする。
 菖蒲はこの舎弟たちの独特の語り口調に、いつだってイライラさせられるのだ。
「あれってなんだよ?」
「黒磯のヤロウが、桜井様に下克上をだな……」
「そうそう、下克上」
 またもや相槌。お約束だ。

 一教科でいいから二番を取れ。

 つまり、なんだ。
 常に学年トップの桜井が、常にピタリと二位につけている生徒会長の黒磯を……。
「潰せ、ってこと?」
 生徒会長の黒磯和真は、品行方正で先生たちの受けもいい優等生だ。
 落ちこぼれたちを集め統制し、好き勝手している桜井知宏と対極にいる人物だ。
 しかしこの二人。
 ともに成績優秀というところでは一致している。
 表向きはお互いけん制しあっていることになっている。しかし実のところ、黒磯は桜井の忠実な部下として、桜井の超人的ともいえる高校生活をサポートしているのだ。
 黒磯少年がただならぬ曲者であることには違いない。
 しかし、ここへ来て突然どうしたことか。
「俺、聞いちゃったんスよ。昨日、隣の桜井様の部屋から、桜井様と黒磯のヤロウが言い争ってるような声がして……」
 そう言って、巨漢の青島が説明するところによれば……。


『僕はね、自分より優秀だと認めた人についていくことにしてるんです。もし今度のテストで万が一僕が桜井君を抜くようなことがあれば、桜井君にはケジメをつけてもらいます』
『……ケジメ、だと?』
『桜組という無認可団体も野放しにしておきません。クラブ棟の部室2部屋ももちろん引き払ってもらいます』
『……何を企んでるんだ、黒磯』


「――というわけでだな、桜井様は俺たちの居場所を守るために、必死になっているというわけだ」
 桜井と黒磯が桜組の存続を賭けて、テストの順位を争うなんて。
「で? 桜井はどこに行ったんだよ?」
「テストまでの三日間、家にこもるってさ。……アヤメさんに『心配するなと伝えろ』と言ってたぜ」
 白崎の言葉が、菖蒲の心を締め付けた。



 菖蒲はいてもたってもいられずに、今日こそは生徒会室で仕事をしているはずの黒磯少年に談判に出かけた。
「お前……どういうつもりなんだよ! きっちり説明しな!」
 菖蒲がこの生徒会室にくるときは、必ずといっていいほどこの黒磯会長に怒鳴っている。怒鳴らずにはいられないのだ。
 一方怒鳴られている黒磯のほうは、神経が図太いのか菖蒲の剣幕に慣れているためなのか――表情を変えずに淡々と言う。
「どういうって言われても、ねえ」
 生徒総会で使う資料をノートパソコンに打ち込みながら、目はディスプレイに、耳だけを菖蒲のほうに傾けている。
 聖徳太子のような男だ。いくつかの処理を平行して行える能力が備わっているらしい。
「テストの成績で部室を引き払わせるとか、意味分かんないこと言ってんじゃねえよ」
 黒磯はようやくキリのいいところまで打ち終わったのか、マウスをカチカチ言わせて保存の作業をし、やっと顔を菖蒲のほうへと向けた。
「僕はただ……喜多川さんと付き合うようになってから成績が下がってきてることに対して、適切なアドバイスをしただけですよ」
「あ、あたし……?」
 いきなり話の矛先が菖蒲に向けられた。菖蒲は思わず面食らい、それまでの勢いが削がれてしまう。
「喜多川さんだってつらいんじゃないですか? 自分のせいで桜井君の成績が下がっただなんて言われたら、ねえ」
「あたしとの付き合いはべつに関係ないだろ……」
「だから、周りの人間はそうは思わないんですよ?」
 それはどうだか。どれだけ下がったかは知らないが、桜井はいまだに二位以下になったことがないのである。
 しかし、常に二位の黒磯が言うからには、きっと今は一位と二位の差が縮まってきているのだろう。
 だからこその、下克上――。
 このままでは、追い抜いてしまいそうだ、と。
「どうやら桜井君は本気を出そうとしているみたいですねえ、君のために」

 自分の大切な誰かのために、頑張るということ――。

「別にあたしは、無理して頑張って欲しくなんかない」
 菖蒲の言葉に、黒磯少年は鋭く反応した。
 いつになく真剣な表情で、諭すように菖蒲に語りかけてくる。
「君は男心というものが解ってませんね。無理をさせないことが愛情なんですか? むしろ逆ですよ。好きな子のためには無理して頑張って――そして褒められたいんですよ」
 菖蒲はすっかりと黒磯ワールドに嵌まってしまっていた。
 ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこのこと。
 黒磯少年、してやったり。



 そして三日後。
 運命の一学期中間テストが二日間の日程で行われた。

 最後の教科の試験も終わり、生徒はみな軽やかな足取りで下校していく。
 菖蒲はめったに足を踏み入れないクラブ棟へと足を向けた。
 テスト明けということもあって、どこの部室も人気がない。森閑としている。
 一番奥に位置しているのが、『桜組』の部室とその隣の桜井専用の部屋――。非公認組織のために、黒磯少年がありとあらゆる手を使って使用許可をとりつけている場所だ。
 菖蒲は桜井専用の部屋のドアの前で立ち止まった。
 一度ゆっくりと深呼吸をする。そして、ノックもせずにドアを開け、中に入った。
 ――いた。
 まともに顔を合わせるのは一週間ぶりだ。
 桜井は壁際にしつらえてある長いベンチ椅子に、寝転がるようにして横たわっていた。
 目を閉じ、顔を向けようともしない。
 眠っているのか、それとも足音で菖蒲だと判ったからなのか――。
「アヤメ」
 どうやら目を閉じていただけらしい。
 いつものように名を呼ぶ優しい声がする。
「なんだよ?」
「疲れた――ひざを貸せ」
 菖蒲は仕方がないといった風にため息をついてみせた。
 そして、ゆっくりと桜井のそばへと近づいていき、頭のすぐ上のところに腰を下ろした。桜井は目を閉じたまま、器用にずり上がり、菖蒲の膝に頭を載せた。
 フランス人の血が混じっている、綺麗な顔立ちだ。しかし、幾分目の下にはクマらしきものができ、心なしか顔色もすぐれないようだ。
 完全なる、寝不足に違いない。
「黒磯はハナっからこれが目的だったんだ。……舎弟を辞めるとか部室を取り上げるとか、そんなのは……とってつけたようなもんさ」
 ときおり言葉が途切れそうになる。おちるのはきっと時間の問題だ。
「数字で愛情を量ろうなんて……くだらんな」
「どうせ黒磯のヤツのしょうもない企みだろ?」
「ああ――分かってる」
 沈黙が二人を包み込んだ。
 柔らかな時間の流れが、菖蒲の心をひどく落ち着かせた。
 それはきっと、桜井にとっても同じこと。
「いつでも、俺を……頑張らせてくれる存在でいてくれ――な」
 桜井は軽く二度頭を持ち上げ、菖蒲の膝の感触を確かめるようにして頭を据え直した。
 膝の上のくすぐったさが愛しさに変わっていく。
「『頑張ったね』って。ぎゅうっとご褒美をくれるとなおいい……」
「ぎゅう?? ……って、どんなの?」
「…………」
 桜井はどうやら眠ってしまったようだ。
 自分の大切な誰かのために、頑張るということを。

 ――大切なことを忘れてるって……このこと?

 静かに寝息をたてている桜井の精悍な横顔を見つめながら。
 菖蒲の脳裏には、黒磯少年の勝ち誇ったような微笑が浮かんでいた。



 中間テストの結果が発表された。
 順位に入れ替わりはなく、『桜組』の部室はもちろん安泰。
 黒磯少年も相変わらずお忍び舎弟として名を連ねている。

 ちなみに青島&白崎の舎弟コンビの健闘むなしく――でも、それも想定の範囲内。残念。




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