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腹黒至上主義 外伝     (2周年記念企画小説)
二階堂 日向 (にかいどう・ひなた) 【書記】  の場合。


 のんびりとした、初夏の放課後だ。
 生徒会室にはなにやら書き物に興じている生徒会長の少年と、その様子を背後からそっと見守る書記の女子生徒が、二人きり。
「あのう……黒磯会長」
「却下」
「まだ何にも言ってません」
 もう何度目だろうか。その回数を彼女は既に思い出すことができない。
 もちろん、厄介ごとにかかわりたくないということが一番の理由なのだろう。
 しかし、この生徒会長・黒磯和真は恐ろしいほど頭脳が切れる男だった。しょせん、一学年下の後輩であるたかが書記の考えることなど、黒磯にとっては赤子の手をひねるようなもの。
 彼が自分のデスクの上に広げているのは、パズル雑誌だ。雑学を究めるためと称して、常時数種類の雑誌を生徒会室に置いている。
 今日の黒磯は漢字パズルの気分らしい。迷いをみせることなくどんどん空欄を埋めている。
 ペンを走らせながら、黒磯は書記の少女に言った。
「二階堂さんがそんな歯切れの悪い言い出しをするときは、130パーセントの確率で厄介な案件だからね。疑心暗鬼にだってなるよ。いちいち聞くまでもないかな、と思って。軽挙妄動なマネはしないに限る」
「130%って、確率として成立してませんよ。……あのー、四谷先生からの案件なんですけど」
「尚更却下」
 今日の黒磯はやたらと四字熟語を使いたがる。漢字パズルに熱中しているためか、わざと意図して言っているのか……。
 そんなことは、今の日向にとってはどうでもいいことだった。
 自分の仕事は、黒磯というこの腹黒で切れ者の生徒会長に、何とかして仕事をさせることなのだ。
 黒磯会長は、一筋縄ではいかない曲者だ。
 その証拠に、教師の名前を出してみたところで、黒磯が反応するはずもなく――日向は仕方なく、教師からの指示をそのまま伝えた。
「最近クラブ棟の風紀が乱れているので、コウキシュクセイに務めるようにとのことです」
 黒磯はようやく顔を上げ、日向の顔を真っ直ぐ見た。
 そして持っていたペンを日向のほうへと差し出してくる。
「君、その四字熟語の漢字、書ける?」
「え? か、漢字……ですか?」
「ちゃんと書けたら、君の頼みを聞いてやってもいい」
 このペンを使って、今ここで書いて見せろ、そう言いたいのだろう。
「何でそんなに恩着せがましいんですかあ。生徒会長としての責務をちゃんと果たしてくださいよ」
 日向は懸命に言い訳を試みる。
 が、しかし。黒磯にはきっと、ばれている。
 日向が反応を待っていると、黒磯は無言のままパズル雑誌の隅の余白に、さらさらと正解の四文字を綴っていく。
「綱紀粛正も書けないなんて、書記を任せられないなあ? そんな書記に仕事を無理強いさせられるのは、言語道断というか真平御免かな。というか、降格人事の役員会議を緊急招集で強行採決。ああ、結構四文字熟語で表現できるもんだね?」
 口の端を上げて可笑しくなさそうな笑顔を見せる黒磯に、日向は深く深くため息をついてみせた。
 そして、吐き捨てるように一言。
「悪逆非道、悪戦苦闘、悪霊退散。黒磯会長のためなら幾らでも書けるんですけど」





四谷十三男(よつや・とみお) 【生徒会顧問】 の場合。


 文武に秀でた秀才として名高い生徒会長・黒磯和真――。
 彼の居城ともいえる生徒会室に、うだつのアガらなそうな中年男性が、困り顔でやってきた。
 書記の二階堂日向が、話を聞き入れようとしない黒磯のことを言いに行ったのだろう。
「最近クラブ棟が、素行のよろしくない連中の溜まり場になってるって、職員会議で取り沙汰されてな」
 マウスのクリック音が単調に響いている。どうやらネットのパズルゲームに興じているらしい。
「それは解りましたけど、四谷先生――どうしてそれを僕に?」
 黒磯少年はデスクに向かい、ノートパソコンのディスプレイから目を離すことなく、答えた。
 四谷と呼ばれた中年男性は、生徒会の顧問だ。しかし、この生徒会長の少年に注意など出来ない。
「困ったときは黒磯頼みというのが、教諭の間での暗黙のルールなんだよ」
「僕の仕事は生徒の自治をつかさどることであって、生徒指導じゃあないんですけど」
 黒磯はため息をつきながら、ゲームの画面を閉じた。
「報酬は何がいいかなあ」
「ええ? 黒磯君?」
 目を丸くしている四谷の顔に、黒磯少年はそれは素適な笑顔で返す。
「うちの子猫ちゃん、えさ代もバカにならないんですよ。これでいいですから」
 指を五本立てた状態で、その手のひらを四谷の眼前につきつけた。
「それって……硬貨じゃないよね?」
「ええ、紙です。樋口一葉でお願いします」
 唖然とした表情を見せる四谷とは対照的に、黒磯はステキなまでのさわやかな笑顔を見せる。
「子猫ちゃんは甘いものが大好きなんですよ。働いてもらうには美味しい餌が必要なんです。ターフェルムジークって、駅前の洋菓子店知ってます? 結構いい値段、するんですよね」
 黒磯は四谷の手から、手品師のように器用に紙幣を取り上げると、それをすばやく胸ポケットへ収めた。





一之蔵 耀子 (いちのくら・ようこ) 【副会長】 の場合。


「黒磯! あいつら殺してやって。退学。というか死刑!」
 艶のある長い飴色の巻き髪を振り乱し、一人の女子生徒が生徒会室へ勢いよく飛び込んできた。
「子猫というより化け猫でしたね。――で、生徒会長の義務として聞くだけ聞きますが。どうしました? 仕事しない副会長の一之蔵さん?」
 あからさまにむっとした表情で、麗しき副会長は黒磯の座るデスクの正面に立ちはだかった。持ち前のワガママ理論を十二分に発揮しながら、テンション高く声を張り上げる。
「あたしが仕事をしないのは、黒磯のことを思ってやってるの! 人聞きの悪いこと言うの、止めてくれない!?」
「戯言はいいですから、早く話を進めてください。時間がもったいない」
 いつもこの調子だ。
 副会長など生徒会のお飾りだ。選挙もその美貌だけで当選をもぎ取った。したたかさにおいては右に出るものはいない。
 まさに、黒磯の腹黒と同じくらいの凶器だ。
「あんたって男は……まあいいわ。また桜組の連中にやられたの!」
「何をです?」
「更衣室の覗きよ! あいつら死刑よ、死刑! 早く! 黒磯!」
 黒磯は額を抑え、数度首を横に振ってみせる。
「物好きですねえ。見た目に騙されるとろくなことがないというのに……愚かだ」
「愚かなのはあんたでしょ。この私の美しさに堕ちない最初で最後の男よ」
「それはどうも。最初はともかく、最後ということはないんじゃないですか。これからいっぱい出てきますよ、絶対」
「きーっ」
 ヒステリックな声が生徒会室に響いた。
 その悔しがる表情を、黒磯はなんともいとおしそうに眺めている。
「ふふふ、冗談ですよ。君の美しさを誰よりも認めているのはこの僕だってこと、知っているはずでしょう?」
「え……どうしちゃったの黒磯。熱でもあるの!?」
「いたって平熱ですよ。というか、それしか能がないんだから、認めざるをえないんですけど」
 黒磯は額に当てられた耀子の失敬な手を、軽く振り払う。
 そんなやりとりも、この腹黒生徒会長はどことなく楽しんでいるようだ。
「あんた、それでも生徒会長? ……あの事、全校生徒にばらすわよ? それでもいいの!?」
「君、それでも副会長? フフフ、お返しです。ところで、あの事ってなんなんです?」
「生徒会長と書記の間に何が! 密室の生徒会室で繰り広げられる彼らの日課とは――!! とか、新聞部に赤裸々なネタを提供してやるわよ。それでもいいの!?」
 耀子の言葉に、黒磯は諦めともとれるため息を一つついた。
 放っておくと、どこまでも耀子の妄想が暴走してしまう――そんな危機感を覚えたからに違いない。
「解った解った。つまり、桜組が大人しくなれば文句ないんでしょう? じゃあ、副会長の一之蔵さん。君の出番ですよ」
「あ、あたし? ……何をすればいいの?」
 黒磯は耀子を呼び寄せて、耳打ちした。
 その仰天の内容に、耀子は思わず絶句し、後ずさった。
 黒磯は事も無げに、優雅に笑っている。限りなく不透明に近いグレーな微笑だ。
「目には目を、歯には歯を。覗き見には覗き見を、ですよ」
「黒磯……あんた、インドの王様?」
「何を訳の分からないこと言ってるんです。あとでメイプルチーズケーキ、差し入れますから。もちろん僕のおごりですよ」
 僕、という部分を強調して、黒磯は子猫に恩を売ることも決して忘れない。
「したたかな女と腹黒い男が手を組んだら最強。僕の持論ですよ」
「それを言うなら『最凶』、でしょ」
 そんな副会長の嫌味に、生徒会長は自虐的な笑みで答えてみせた。





桜井知宏 学校をシメてるインテリやくざ 【桜組リーダー】 の場合。


 『桜組』。
 それは、桜井知宏という超人高校生が、素行のよろしくない落ちこぼれのワルたちを手なずけて、健全な高校生活を営むために創られた、非公認クラブ組織である。
 クラブ棟のいちばん大きな部屋を溜まり場とし、桜井の命令に忠実に働くのだった。

 一時間後。
 桜組をシメているリーダーの桜井が、生徒会室に姿を見せた。
「いったい何の真似だ……黒磯」
 桜井は、身長190センチを超える大男である。黒磯以上に優秀な頭脳を持つ『インテリやくざ』だ。
 そして、駅前の有名な洋菓子店の息子だということは、周知の事実である。
 そんな桜井が、殴り込みをかけるがごとく、凄んだ表情のまま黒磯の前に立ちはだかったのだ。
 しかし、黒磯はいたって冷静だ。
「おや、桜井君がここまで出向いてきたということは、効果ありってことですか?」
「お前もよく知ってるはずだ。俺に手出しをしたらただじゃすまないってことをな」
「ええ、よく知ってますよ。だから僕、自分の手は汚したくないんです」

 まさに、一触即発。

 ……なんて事にはならない。

 この黒磯会長には、表向き優等生とは別に、もうひとつの顔が存在している。
 今まさに問題として取り沙汰されている『桜組』の、なんとナンバー2として名を連ねているのだった。
 もちろんそのことは黒磯和真のトップ・シークレットである。教職員や一般生徒はもちろん、生徒会のメンバーも知るところではない。
 数だけは無駄に多い桜井の舎弟たちの中において、黒磯は特別な地位を築いていた。

「それで? 桜組のぐうたら連中は皆大人しくなったんですか?」
「当たり前だ。俺の女神様は無敵だからな。舎弟たちに俺の正拳をくらわしてやる隙もねえよ」
 桜井には、それはそれは血の気の多い、美人な彼女がいる。
 黒磯が密かに憧れている女生徒でもあり、彼女の気性は充分知っていた。
 桜井に近づく女の影があれば、その腹いせを桜井の舎弟たちに向けるのは必定。けっして桜井自身に向けないところがなんともいじらしい。
「アヤメさんが拳を振るうなんて、フフフ……いったい僕の子猫ちゃんは、桜井君に何をしたんですか? 隠しカメラをつけておけば良かったな」
「これのことか?」
 桜井は上着のポケットから、掌におさまるほどの超小型のカメラを取り出した。無残にも叩き潰されたようなあとがある。
 桜井が凄みを利かせて睨みつけている。一般生徒なら怯えきって腰を抜かしているところだ。
 しかし、黒磯はいとも容易く、極々軽くあしらって見せる。
「ああ、バレてましたか。さすがは桜井君ですね」
 全く悪びれないその態度に、桜井は怒りを通して呆れ果てたようにため息をついた。
「しかし、お前のやり方はまどろっこしい上に腹黒い」
「風が吹けば桶屋が儲かる、と言うじゃありませんか」
「よく言うぜまったく。お前のは、風が吹いて桶が吹っ飛んで桶屋が儲かるぐれえな、短絡的思考だ。まったく……アヤメを怒らせるんじゃねえよ」
「フフフ、そんな怖い顔しないでください、桜井君。愛し愛されていることの証明ですよ。それに、あまり桜組の活動が目に余るようになれば、僕もかばいきれなくなりますから、肝に銘じてくださいね? ……まあ、桜井君なら僕に言われなくても、充分解ってくれていると思いますが」
 黒磯はノートパソコンを桜井のほうへと向けてやる。そこには彼女には到底見せられない『桜井知宏が女子生徒に絡まれてたじろぐ姿』がはっきりと映っている。
「お、お前というヤツは……」
 もちろん、黒磯は他言するつもりはない。しかし、桜井にとってこの事実を彼女のアヤメに見られることだけは、どんなことがあっても阻止したいはずだ。
「先生には今回の一件、上手く言っておきますから。その代わりと言ってはなんですが、桜井君ちの人気商品、生徒会に差し入れしてくれたら嬉しいんですけど?」
「……安いもんだ。あとで下のものに届けさせるさ」


 一人きりになったのを確認し、黒磯はほくそ笑む。
「フフフ……これで樋口一葉さん、ゲット。めでたしめでたし」
 黒磯はジャケットの胸ポケットから生徒会顧問の四谷からせしめた紙幣を取り出し、軽く口づけた。





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