「クリスマスは忙しいんだ」
高校生活最後のクリスマスイブだというのに、桜井は菖蒲の願いを一蹴した。
何となくは分かる。桜井の家は街で大人気の洋菓子店なのだ。
クリスマスといえば稼ぎ時、一年で最も忙しい時だ。
いくら学校をシめてるインテリやくざの桜井といえども、猫の手も借りたいほどの修羅場に借り出されてしまうのだ。
白の食品衣に真っ青なチーフを首から下げ、同色のエプロンを腰に巻いて。
――きっと似合うだろうな。
いやいやいやいや。そういう問題じゃない。
菖蒲はあわてて首を振った。
彼氏が家業の手伝いで忙しいというのなら、何のことはない、菖蒲が自分から逢いに行けばいいだけの話である。
高校生活最後の、クリスマス・イブだ。大好きな人と一緒に過ごしたい、ただそれだけなのだ。
24日の昼下がり――。
菖蒲は寒くないよう、しっかりとコートにマフラーそして手袋を着け、桜井の家まで陣中見舞いに出かけた。
しかし。あっけないほどに肩透かしを食らってしまう。
厨房を覗くと、そこにいたのは彼氏・桜井知宏の縮小版。弟の譲次だ。
フランス人の血が混ざった白皙の美少年だ。まだ小学生だというのに、身長は菖蒲とほとんど変わらない。
まあ、兄貴が190センチの大男なのだから、遺伝子のなせる業なのだろう。
「兄ちゃんなら、ずっと前に出掛けたぜ」
「出掛けた……? いつ? どこに?」
「知らねーよ。お陰で俺がこき使われてるんだからな! もう、イチゴの匂いもかぎたくねー」
「軟弱すぎなんだよ、テメーは。ホント、あいつに似てるのは顔だけだな」
「うるせー、義姉貴面すんなよ。てかさ、別な女でもいるんじゃねえの? たくさんケーキ持っていってたし。ま、俺はてっきりあんたに会うためだと思ってたんだけどな。違っちゃったみたい、ハイ残念でしたー」
ぶちん。
何かが切れた音がした。
菖蒲は桜井の弟の胸倉をつかみ上げ、慣れたようにみぞおちにニードロップをくらわした。
桜井の携帯に電話をしても、繋がらない。
三度掛け直してフラれ、四度目に――別の番号に掛けてみた。
今度はすぐに繋がった。
『どうしたんです? 喜多川さんが僕に電話をくれるなんて……しかもこんな日取りに』
どうしてこの男に掛けてしまうのか、菖蒲にも分からない。
ただの腹黒く狡猾な表向きはいい子ちゃんの生徒会長で、彼氏の腹心の部下だったりするのだから、始末におえない。
しかし、この黒磯が一番有力な情報を握っている可能性大、なのだ。
「……黒磯。ひょっとして、誰かと一緒か? 女の声がするけど」
『ええ、まあ。いまは生徒会の役員たちでパーティーをしているところです。喜多川さんのお誘いは受けられませんよ、フフフ』
「そうか、分かった。じゃあな」
『待ってください』
電話の向こうで、黒磯が菖蒲を呼び止めた。
『もしかして本気で僕を誘ってくれました?』
「ふざけるな。誰がそんな――」
『桜井君に放っておかれちゃったんですか?』
鋭い。鋭すぎる。
菖蒲が反応に困り黙ってしまうと、黒磯は高笑いをした。
お前は越後屋か――権力を手にするとろくなことがない。
『どうやら図星のようですね。だったら話は簡単だ。僕とデートしましょう』
――あ、ウソ……。
微妙な展開である。
クリスマス・イブに彼氏に放っておかれたからって、ちょっと見てくれの爽やかな腹黒参謀とデート、なんて。
いろんな意味で、怖すぎる。
結局、黒磯に丸め込まれ、高校の正門前で待ち合わせをした。
「じゃ、行きましょうか」
「行かない」
菖蒲はマッハで断った。
当然、黒磯は両目を瞬かせ、首を傾げながら尋ねてくる。
「じゃあ、どうしてここまで来たんですか?」
「お前とデートなんかしないって、言うために来た」
「嘘でしょ、そんなの。だって君は僕のことが好きですから――桜井君の次に」
よくもそんなことをさらりと言えるな、と菖蒲は思わず額を押さえずにはいられなかった。
「……例えそれが本当でも、絶対肯定したくない雰囲気」
「だってね、もし桜井君が同じ高校じゃなかったら、きっと喜多川さんは僕の彼女でしたよ」
「……ええ? そ、そうかあ?」
そんなことは考えもしなかったが、桜井がいなかったら、という条件をつけられると、ひょっとしたらという気がしないでもない。
「君は軟弱な男には滅法強いですけど、強引な男の押しにはすこぶる弱いですから」
やっぱりこの男、鋭すぎる。
黒磯が連れてきたのは、デート場所とは程遠い、よく見知った空間だ。学校の敷地内である。
クラブ棟、と呼ばれる建物だ。
桜井知宏率いる『桜組』の根城がここにある。ワルの吹き溜まりであるが、トップの桜井が極度のキレイ好きなために、組員たちの清掃は隅々まで行き届いている。
ガラスのはめられたドアの小窓から、中を覗き込むと――そこにいたのは桜井知宏その人と、腹心の部下二名。
何種類ものケーキの前で、皿とフォークを手にひたすら口を動かしている。
菖蒲はいったん小窓を離れ、背後の黒磯を振り返った。
「何やってんだ……あいつら?」
「クリスマスケーキの品評会のようですね。こんな男ばかりのむさくるしいクリスマスパーティーに、なぜか僕も呼ばれているんですが」
「何なんだよ、彼女を放っておいて、男同士でケーキ食いまくって……」
廊下でやきもきしているアヤメの気持ちなど知る由もなく、『男だらけのケーキ品評会』は続く。
「青島、白崎、もっと気合入れて食え!」
「さ、桜井様あああ……」
「解ってるんだろうな? あいつに食わせるヤツなんだからテメーら、真剣に選べ!」
「桜井様の手づくりケーキなら、どれだって喜んでくれますって」
「俺が作ったなんて、アヤメに言えるか! テメーら、口割ったら桜組から破門を言い渡すから、そのつもりでいろ」
――いったいこれは何なんだよ、桜井。でも……。
桜井の口から、自分の名前が発せられた。それだけで。
菖蒲は、すべてを許してしまった。
「フフ、どうやら僕は、破門のようですね」
明らかに安心した菖蒲の姿を見て、黒磯は満足げに微笑み、ふざけたように言った。
最初から分かっていたのだ、この腹黒生徒会長は。
桜井がどんなに菖蒲のことを――そして、菖蒲がどれだけ桜井を大切に思っているのかを。
いつだって、黒磯は。そう。
「黒磯のために、今のことは見てもいないし聞いてもいないことにする」
菖蒲が感謝の気持ちをこめてそう言うと。
黒磯は満足そうに、優雅に微笑んだ。
「きっと夜には、サンタさんがとびきりのケーキを届けてくれますよ」
(了)
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