「珍しいー、椿さんが誘ってくれるなんてー」
椿と美咲は会社の正面玄関を出て、すっかり暗くなった通りを二人並んで歩き始めた。
「一人で暇そうだったからだ。深い意味はない」
「でもクリスマスだし」
「二十五日、な。イヴじゃない」
椿はわざとつけはなすように言った。
「いいよ別に。私、そんなに心が狭い女じゃないから、許す許す」
「許しを請わなけりゃならない関係じゃないだろ」
二人は職場近くの洒落た洋風居酒屋に入り、食事をすることにした。
クリスマスと言っても平日である。会社帰り風のサラリーマングループが多い。
二人は軽く仕切られたボックス席に座ると、ビールとつまみを適当に頼んだ。
出されたおしぼりで手を拭きながら、椿は言った。
「お前今いくつだっけ」
「えー? 椿さんの三つ下だけど」
「じゃあ、まだ二十三か」
椿は軽くため息をつき、早々とスーツのジャケットを脱いで、それを空いてる椅子の上に置いた。
「俺の弟、いま中三で俺と十一離れてる」
「うん、知ってる。椿さんがらぶらぶな最愛の桔梗くんでしょ?」
美咲のその何かを含んだ言い方に、椿は食いついた。
「言い方が卑猥だ。あくまで肉親としての愛情だからな?」
「分かってるって。――で、歳がどうかしたの?」
むきになって言い訳する椿を見て、美咲はおかしそうに笑っている。
椿はため息をつき、話を続けた。
「あいつを大学まで出してやるとすると、桔梗は二十二だろ。そしたら俺はいくつだ?」
「三十三。今から七年後」
「お、即答」
「いくら昔勉強できなかったからって、馬鹿にしすぎ。一応経理課なんだから、これでも」
そう――美咲とはただの同僚という関係ではない。もう随分と古い付き合いだ。
会社に入る前、椿が暴走族のチームのトップだった過去を知る、危険な存在でもある。
「美咲、お前さ、俺のこといつから好きだった?」
「な、なに、何なの急に……」
「俺がチームにいたときからとか、言ってなかったっけ」
「そうだよ。もう七年も片想いしてるんだから」
不思議な関係だ。
片想いなんて甘酸っぱい言葉を使われると、椿には違和感がある。
しかし、チーム時代の自分に憧れて、同じ会社に就職までして追っかけてきたという話なのだから、憧れという言葉のほうが正しい気がする。
「片想いって言うわりには、いろんな男と遊びすぎなんだよ、お前は」
「遊びと本気は別だもん。そういう椿さんだって、いろんな女の人とー」
「昔の話だろ。今は真面目だ」
椿は美咲のことをよく知っている。
いや、知らなかったのだが、いつの間にか詳しくなった。
「七年か……」
いくら冷たくあしらっても、いつまでも少女のように自分に黄色い声を上げる。
なんだかんだ言っても、一途なのだ、要するに。
「だから、どうしたの? 別に椿さんに迷惑かけてるわけじゃないし、想うだけならいいでしょ。アイドルの追っかけみたいなもんだと思えばいいじゃない」
「でもな――中途半端な状態は、お互いのために良くない」
「なにそれ……想うのも駄目ってこと?」
「そうだな、片想いごっこは今日でお終いにしてくれ」
その椿のひとことに、美咲の両目はこれまでにないほど見開かれた。
「ねえ、椿さん! ひょっとして今日のこれは、そういうこと? 最後の晩餐ってわけ!?」
「お前……最後の晩餐なんて言葉、よく知ってるな」
「茶化さないで。どうしてそんな突然」
椿は傍らに畳んである上着のポケットから、小さな箱を取り出して、それを美咲の前に押しやった。
「七年待てたんなら、もうあと七年――それくらい、余裕で待てるだろ」
美咲は声もなく、目の前に置かれた指輪のケースと椿のすました顔を、何度も往復させている。
「…………うそ?」
「嫌なら返せ」
「椿さんが、あたしに? これって、これって、クリスマスプレゼント? それとも」
突然の出来事に動揺を隠せずにいる美咲に対し、椿は淡々と注文したつまみを自分の皿に取り分けている。
「それとも、のほうかな。とりあえず、婚約指輪ということで」
「うそ……付き合ってもくれなかったのに、いきなりそんな」
「んな、別にいきなりでもないだろ。言っておくけど、七年先だからな? 自信がないなら今のうちに――」
「椿さん、大大大好きー。あるある、自信ありまくりー。そんな七年後なんて、善は急げ! 今年度一杯であたし、寿退社するから!」
椿は食べていたサラダのレタスを噴き出した。おしぼりで口を押さえ、呆れたように美咲を見つめる。
「……お前、俺の話全然聞いてないな?」
これまでの話の流れはなんだったのだ――そんな椿の内心も知らずに、美咲は既に婚約者気取りでまくし立てる。
「いくら部署が違っても同じ会社だと仕事やりにくいし、大丈夫! 家事おろそかにしないようにパート見つけるから! 菖蒲ちゃんも桔梗くんもすっごく可愛がるし! ねえねえ? いいでしょー椿さん?」
椿はしばらく考える。やがて深々とため息をつき――。
「お前が苦労するんだぞ。分かってんのか、美咲?」
「レディース上がりは根性の入りが違うからー、たぶん平気」
美咲のはしゃぐ顔を見て、椿はそれもそうだな、と納得し、思わず顔をほころばせた。
(了)
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